地味で根暗で残念ですが、直視できないくらいイケメンで高スペックな憧れの先輩に溺愛されそうなので……
「当店からのサービスです」
そう言って冬野さんは、件のカシスソーダとディタスプモーニを頼んだ女性客たちに私の作ったアラビアータを大皿で提供した。
大人の一人前の3分の2位の量。
取り皿を二つつけて提供し、残りのアラビアータは大人一人分で、冬野さんが味見に小皿で取った残りが私の賄いとなった。
賄いは裏に更衣室兼休憩部屋があるのだが、自分の作った料理の感想を聞かないと下がれない。
そう思った。
カウンターの女性客と冬野さんが気になって仕方ない。
「これ、試作品なんですか?」
「そうなんだ。うち正直、フードのメニュー少ないでしょ」
「えぇ、少ないって言うか、食材をそのまま出すやつ多いですよね。調理がない」
私は心の中で頷いた。
確かに。
生ハムとか、チーズとか、ナッツとか、フルーツとか。
私肴って、手が込まないにせよ少なからず調理したものを選んでるから、いつも物足りないと思っていたけど。
そっか、冬野さんのお店に物足りなさを感じるのはこれだな。
でも、あくまでバーで、お酒を楽しむんなら、それでもアリかな。
ビストロ(小さなレストラン)でも、ダイナー(軽食の取れる店)でも、バル(お酒と食事両方楽しむお店)でもないなら。
それにしても、私が考案した、昨日のメニューなら、少しはオシャレだぜ。
「あの、昨日出してた野菜のテリーヌは……」
「まだ、量産は難しくて」
私は、先行きの不安に肩を落とした。
そうこうしていると、あっという間に22時過ぎ、満席ならずともまあまあの客入りで、中々帰れそうに無かったが、冬野さんに笑顔で終電無くならないように帰る様言われて、私は服を着替えて勝手口を出たのだが、私はまだまだ帰れそうにない。
なぜなら。
「冬野さん、勝手口の前に紙袋が置いてありました」
私の顔はすっかり青ざめていたと思う。
「紙袋?」
私は、紙袋を冬野さんに差し出して覗き込んだらすぐわかるよう置かれたメモをもう一度読んだ。
「マキさんが恐くて続けられません。すみません」
これが意味するところ、察するに冬野さんが気の毒過ぎる。
と言うか、思うにどうやら冬野さんのお店にスタッフが居付かない原因ってマキさんじゃなかろうか?
その証拠に6人居た私の短大卒の同期の退職理由のほぼ半数が彼女だった苦い思い出が甦る。
人事部から呼び出されて、同期を説得する様言われて話をしに行った時。
昨日の事の様にいまだ鮮明に思い出す苦い思い出。
と言うか、最早トラウマ。
『私は、石崎さんにみたいに、なに言われても、何されても平気じゃないの。石崎さんみたいにはなれないし、なりたくもない』