愛で壊れる世界なら、
幼なじみ二人の婚約が成立しかけていたことなど知らなかった。
知っていたら言われる通り嫉妬していたかもしれない、絶対にしないとは言いきれない、レイチェルはシエルが好きだったから。しかし同時にフレーテのこともまた大好きだった。
ずっと三人でいた分、置いていかれるような寂しさはあっても、二人を永遠に失って構わないほどに狂うことなど、どう考えてもそんな自分は想像が出来なかった。
そもそも婚約なんて家が決めることだと、令嬢として育ったレイチェルは理解している。
レイチェルのアルトラ伯爵家とシエルのワーグナー伯爵家では、位としては釣り合いが取れているはずだった。フレーテのカイム子爵家はそういう意味では幾分劣るものの、事業を手広く手掛けており裕福。やり手と噂の子爵だ、きっとワーグナー伯爵にレイチェルとの繋がりよりもフレーテを選ぶべき利点を見せつけたのだろう、それだけのこと。
無理心中だなんて。
「……あたしは、そんなこと、しない。ぜったい」
それほどに愛する人が出来るのは素敵なことだろうとは思う。憧れた物語にも、誰にも奪わせないと情熱的に愛情を捧げていた人物が描かれていた。
だからといって自分のためだけに、奪い、失い、永遠となる……そんなもの、美談でもなんでもない。現実のものとするには、それは悲劇でしかない。
壁に手をつき、のろのろとした足取りで部屋に帰り着く。途中で行き合ったメイドの手を借りてベッドに戻り、水差しから水をもらう。
「もういいわ。下がってちょうだい」
「ご無理なさらずともお供しましたのに。顔色がまたお悪くなられて、おとなしくしていないからですよ」
「ええそうね、だからもう一度寝かせてもらうわ。下がって」
繰り返してどうにか引き下がったメイドがドアを閉めたところで、レイチェルは起こしていた背を後ろへと倒れ込ませる。
全身が重だるくて何もかもが億劫だ。