愛で壊れる世界なら、
束の間の平穏
「おはようございます、レイチェルさま」
レイチェルが怪我からか精神的ショックからか繰り返される発熱を乗り切って起き上がれるようになる頃には、シエルとフレーテの葬儀もすでに済み、ワーグナー伯爵夫妻、カイム子爵夫妻も、この避暑地からは引き上げて行ったようだった。
レイチェルの家族もそうだ。
いつの間にか本邸へと帰っていった父親と、この館に残ってはいるものの部屋にこもっているらしい母親と。もともと使用人たちを引き連れ、まだ仕事らしい仕事など出来ないレイチェルと弟の二人で避暑に来ていたのだが、弟も父親が連れ帰ってしまったのだと聞かされた。
そうなると、使用人たちにとっては他所の屋敷の子供が亡くなったことなど自分たちの暮らしには関係無いのだろう、まるで変わらないような日常がここにある。
「……おはよう。ユーニ、だったかしら」
「はい。身支度お手伝いさせていただきますね」
にっこりと微笑む少女はテキパキと、レイチェルの身だしなみを整えていく。本邸では見たことがないため、もともとこの館の管理を仕事として与えられていたのかもしれない。世話係を任されたばかりだと言っていたのに、随分と手慣れて感じる。
「ご朝食が済みましたら、一休みしてから、わたしとお散歩いたしましょうね。体力を取り戻していただかないと」
カーテンの開けられた窓から差し込む光が目を刺して、レイチェルは顔を伏せた。
混濁した意識の中で見た夢と現実に苛まれ、未だすべてが夢幻のような気がしている。それでも現実は現実なのだと頭では理解していて、喪にふくす気持ちで、身につけるものはせめてと黒を指定していた。