愛で壊れる世界なら、
いつか、きっと
「遠縁の侯爵家に跡取りがいなくてね、あなたを是非にと」
それは、ていのいい厄介払いなのだろうとすぐに分かった。
この国の爵位世襲の制度では、子供がいてもそれが娘であれば継ぐことは難しい。跡取りがいないからと養子を求めるのなら、男子でなければならないはずだった。
「この領地からも離れてしまうし帝都も遠くなるようだけど、あなたもここにいては苦しいでしょう」
寂しいけれどあなたのためだから、そう言って、母親は優しく微笑んだ。
別に構わない――。レイチェルは、この療養の期間中に気持ちの整理をつけていた。これまで通りの生活など、確かに彼女にとっても無理のあるものだったかもしれない。
「お貴族さまって案外忙しないものなんですね」
「そう?」
「ゆったり暮らす毎日が続いてる人達っていうイメージでした」
「……そういう面もあると思うわ。だけど当主がこうと決めたなら、従うしかないものなのよ」
貴族にとっては子供も道具のうち。意にそぐわなければ捨てられる、それだけのこと。
母親が告げたのは決定事項、レイチェルはいつでも旅立てるようにと、すぐに準備に取り掛かった。
とは言ってもここは別荘である館、私物のほとんどは本邸に置いてきている。いつも一緒に眠っていたぬいぐるみでさえ、もうお姉さんだからと少しだけ距離を置くつもりで屋敷の部屋で留守番させてきていたから、手元で揃う持っていきたいものなど本当に数える程度だった。
もう二度と、あそこには帰れないのかもしれない。
厳しくもあたたかな父親と、明るく優しい母親、二人に見守られて兄弟姉妹とともに生きてきたあの時間は、きっともう、戻らない。
事故は事故であったと、多少なりとも落ち着きを取り戻した今では三家ともが認めることにはなったと聞くが、一人残った当事者としては発端の一因であることは否めない。
調査の結果、隠れ家としていた小屋は何代も前のカイム子爵が建てたものだと判明したらしい。現在の子爵家とは何の繋がりもない、すでに廃れた一族なのだという。アルトラ伯爵、ワーグナー伯爵、カイム子爵、三つの領地境界に位置するその土地は、当時はカイム子爵家の領地だったようだが、時を経て境界線が変わりワーグナー伯爵の領地となっていることもわかった。
誰かに責任を問おうにも、調べるほどに三家ともに責任があると知れた形だ。
レイチェル自身、何をしたわけでもないと今だってそう言い切ることが出来る。しかしそんな話でもないのだとも分かっているから、何を言い抗うこともない。