愛で壊れる世界なら、
双方から伸ばす手、
「堕天使ヴァリオル、ここフェンシィオより即刻立ち去るがいい」
その手は、届かない。
「女神さま……っ!」
ヴァリオルの前に厳然と立つ存在に、今更気付く。間近に見えて、遥かな高みから見下ろすのは太陽――それのごとき輝きを放つ、女神。
光に包まれた女神はセルフィルの悲鳴に似た呼びかけも一顧だにせず、突風が恋人たちを阻む。
「天使は我が子も同じ。……私とて、苦しい。心が痛む」
風が、強さを増す。
聞こえるのは、耳鳴りのように頭に響く女神の声だけ。
「けれど」
這うようにして進むミアシェルだったが、風圧に屈し悲鳴とともに床に伏せる。
「ミア、ヴァルッ」名を呼ぶセルフィルが駆け寄ろうにも、風は渦巻くように吹き荒び介入を許さない。轟音とともに広間の床が裂け、すべてを支える雲までもが割れ始めた。突如とした足元に現れた崖の狭間、ヴァリオルは強風に煽られ踏み留まろうにも、片翼を失い女神に見放された身では抵抗出来ずに。
「うわあああ!」
「つかまって、ヴァル……!!」
「ミアッ!」
転がり落ちながら、それでもどうにかしがみつくヴァリオルの手を、ミアシェルが風に圧され、巻き上げられた小石で傷つきながらも掴み取った。愛のなせる技とでも呼ぶのだろうか。
「可哀想な子供たち」
楽園の平穏、そして恋人たちの幸せの、崩壊。
歪んだ歯車がカラカラと音を立てて廻る。それは、運命なのか、それとも――。
互いの名を呼び合いながら抗う二人に、女神はそっと目を伏せる。
「ごめん、ミアシェル」
繋がった手が、指が、離れた。
「いや……っ!! ヴァル、行かないで、ヴァル……ッ!!!」
風が止む。セルフィルは駆けた。
「ダメよミア!! あなたまで堕ちるつもり!?」
崖下へと吸い込まれていきそうな細い肩を、無理やりに抱き寄せる。ヴァリオルは自分から手を離した、そう、見えた。彼が望んだのなら、いやそうでなくとも、あとを追わせるわけにはいかない。
「ヴァル……ヴァリオル…………っ!!」
「ミア! ミア……っ」
「……っ、セフィー、ヴァルが…………ヴァル…………っ、ぁぁぁあああああああああああああ!!!」
ヴァリオルは、天使の証である翼を奪われ、楽園を追放された。
穏やかで仲間思いの天使が、堕天したのだ。