愛で壊れる世界なら、
鈍い破砕音に、重い瞼を押し上げる。靄がかかったような視界、ドアが開いているような気がした。目が痛んで再び閉じる。
バタバタと荒い足音に、埃が舞うからやめてほしいなと、力無くくしゃみをしながら虚ろな意識の端で思う。床が軋む振動で頭の中が揺れて気持ち悪い、でもきっと、出るものもない。
耳の奥、何かが聞こえていた。誰かが呼んでいた。誰かを呼んでいた。
レイチェルの口元が歪んで涙が溢れた。
怒号が飛び交う中、遠く呼ぶ声に指先がぴくりと動いた。触れた熱いくらいのぬくもりに、しがみついてしゃくり上げる。
助けなんて来ないと思っていた、救いなどあるはずないと。それなのに覚悟のないまま諦めていた命ごと掬い上げてくれようとする力強い腕に、脱力して身を任せる。
どうしてか無性に湧き上がった安堵感。倦怠感に襲われるままに瞼が落ちた。
レイチェルがことのあらましを知ったのは、侯爵邸で目を覚ましてから。ふかふかベッドの上でのことだった――。
唯一の目撃者となったユーニは、攫われたレイチェルを助けようと男たちに取り縋ろうとして殴り飛ばされ、それでもめげずに後を追いかけて居場所を確認したのだという。そして折りよく現れた侯爵の指揮のもと、取り引きに応じる旨を託した馬を指定の場所へと走らせ、男たちが喜び勇んで出掛けようとしたところを兵士たちを引き連れ一網打尽にした。
兵士はもちろん、侯爵も荒事には多少慣れているのかもしれないが、ユーニのことを考えると、本当に無茶をしたものだと思う。ボロボロになってなお、誰より果敢にレイチェルを救おうとしてくれていたというのだから、感謝しかない。
拉致監禁されていた期間は、どうやら日数を数えるというほどには長いものではなかったようだ。それでも暗闇の中で時間感覚もなく削り取られる精神、朦朧とした意識のせいで救出時の記憶は曖昧だ。