愛で壊れる世界なら、
なるほど、それならば先程の村の中に覚えのないことも頷ける。
これだけ天の者と波長が合う人間なら、ある程度の立場で都にでも生まれついていれば巫女かその類に祀り上げられていてもおかしくはないのだが。巡礼巫女とも見えない。とするなら逆に、奇異の目で疎外され旅をしているのか。
「その流浪の者が何の用だ。天の使いとしてこの地へと遣わされたが、お前に与えられるようなものは何一つ持っていないぞ」
「滅相もない。あなたのお姿をこの目に焼き付けることが出来たなら、それだけで勿体ない限りでございます。ご挨拶だけさせていただければと、恐れながらお声掛けさせていただきました次第で」
「変わり者と言われないか?」
「生まれついてにございます」
ほほ、と笑い頭を下げる女に苦笑する。
人間から見る天使は神々しくありがたいもののようだが、本人たちからするとそれほどでもない。まさしく神々しい、そんな言葉では言い表せぬ神そのものを見知っているのだから、天使なんてものはそれこそ神の使いでしかない。人間を見守りはするが、天気を操ることなど出来ないし、敬虔な祈りを聞き届けてやることも不可能だ。自らの願いさえ成し遂げることが難しいというのだから、何がありがたいものか。
最近になってようやく手に入った幸せを思い返しては噛み締め、――ふと、目を眇めた。
何か、どこか、感覚に触れるものがあることに気付いた。それは微かな耳鳴りのような、遠く呼びかける優しい声のような、眠りの中で聞く雨の音のような。あるいは幾重にも包まれた荷の中身を手探りで当てるような。
それほどに気配は薄く、なのに気のせいと片付けるほどには軽くない。
目の前の女を観察するように、視線で探る。率直な言葉にするなら、小汚いくらいの女だ。現在地からして辺鄙な村なのだから、誰も彼もがみすぼらしいほどの格好なのは把握していてもなおのこと。
女が困ったように首を傾げ、布地で隠れた手で口元を覆う。その時、
「お前――、」
心音と呼応するように煌めく灯火を、見た。