明日、雪うさぎが泣いたら
「上手くいかないものだな。私は、あの頃の記憶を一切消してくれと言いたくなることがある。どれだけ僅かであっても、兄だった自分を思い出すと優しくあらねばいけない気に駆られる。それが嫌で堪らないのに、反動を抑えられなくなりそうな時は決まって、お前が駄々を捏ねるのを思い出す。昔は、うさぎに目がないと拗ねただろう? 」
「う……。そこは、忘れてくださっていいのですが」
兄様でいることは、恭一郎様にとって苦痛でしかなかった。
少なくとも、利点よりずっと苦しみの方が大きかったのだ。
それなのに、いつも優しくあってくれた。
「お前とは逆だな。いっそ、忘れてしまえば、もっと早く口説けたのにとは思うが。兄でない私は、お前に魅力的とは言い難いようだから同じことか。どうやら、私は背徳感を楽しめない質でもないようだし。これで良かったと思わねばな」
今更遅すぎるけれど、もっと早く自分から気がつけたなら。
もしくは、とっくに兄離れできていたなら。
恭一郎様は私を「妹だから」と許さずに済んだ。
「よく考えてみれば、これ以上おいしい立場はないとも言える。……ずっと側にいた、本当は血の繋がりはない兄妹なんて、な」
とんでもない一言が、私の懺悔を中断させる。
「……それ、は……」
そのすべてが本心じゃない。
そう否定しようとしたけれど、どの言葉を繋げていいか分からない。
「本当のことだ。時に、他から守りたいものと自分の手で壊したくなるものは等しい。……私の場合は、ずっとそうだった」