明日、雪うさぎが泣いたら






・・・




その水滴は、元は涙だったのか。
もはや知りようもなく肌に残ったそれを、名残惜しそうにしながら、親指の腹が潰していく。


「……ありがとう」


目を瞑ったままでいる私に掛けられた言葉が、「ごめん」ではなかったことが堪らなく嬉しかった。
それでも、どうしたって気怠さは消えず、胸は張り裂けそうに痛むのだけれど。

心配そうに頬を撫でる手、ややあって聞こえる衣擦れの音。
そして、一度振り向きながらも、ゆっくりと去っていく控えめな足音。
どれも目を開けずに見送るのに苦労したけれど、どうにか待った。
やがて、そろそろと目を開けてみる頃には、恭一郎様の姿はない。


(……うん。泣いてもいい。悲しいものは悲しい。でも、夢を見てばかりはだめだ)


まだ熱を帯びたままの頬を、ペチンと叩く。
医師である本人や、真偽はどうあれ、これまで数多の依頼を受けてきた陰陽師である一彰ですら治せない、詳細不明の病。
恭一郎様の命を繋ぐ為に、私ができることと言えば……ひとつしかない。


(……ううん)


――ひとつ、試してみることがある。

それは、二人の言うような不治の病なのかもしれない。

――今、ここ――この時代、この世界においては。


(だから、もし……もしも)


今より、ずっと先の未来なら?
医療は進化しているのでは?
私がかつていたらしい時代が、どういうところなのかも分からない。
もしかしたら、何かの事情でここよりも劣悪で混沌とした世界である可能性もある。


(でも、このままここにいたって、同じ道を進まされるのなら)


恭一郎様が助かる術がないのなら。
いくら待ったって、望みがないと言うなら。
ほんの僅かでも、光が残された道を行きたい。

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