明日、雪うさぎが泣いたら
「……冷えすぎたか」
別に何ということもないのに、少し気まずそうに目を逸らされた。
顔はまだこちらを向いていながら、黒目はどこか遠くを見たままだ。
お願いだから、その顔をやめてほしい。その、不自然な咳払いも。
そんな反応をされてしまうと、一気に自分の漏らした声が恥ずかしくなる。
「悴んで、感覚がないのかも」
「そうだな。だから……」
だから、逃げないのだと。
そんなの嘘だと知ったうえでだろうか。
それとも、恭一郎様の手こそ冷えすぎていて、私の手が熱いことなど分からないのかもしれない。
「本当に、雪だるまになりかねないな」
もう一方の手で私の頭を撫で、雪水に濡れた髪を一房掬う。
雪を解かしながら、するりと。
「え……っ」
その行動にもドキッとしたけれど、どうにか声を堪えようとしたのはそれだけじゃない。
途中一度も絡まなかったのは、私の髪が艶やかだからではない。
その梳き方がとてもゆっくりで、そっと滑っていくからだ。
意思に反してそれを追っていく目が、驚愕に開かれる。
『さゆの目印、バレッタとこの髪飾り、どっちがいい? 』
『二つとも似合うよ。……俺とさゆと……どっちの世界のものも』
(……ばれっ……た……? )
まるで鏡を覗き込むように映るその映像では、男の子の手に髪を梳かれながら口にしたのは紛れもなく幼い私だ。
今の私が知らない言葉。言語……だろうか。
小さな私は、それを淀みなくさらりと発音していた。
「ほら。雪狐が心配する。……まったく、適応能力がありすぎて、普通に妖怪と話している自分が嫌になる」
笑って。
じゃないと怪しまれる。
髪飾りを指しているだろう異国の言葉を必死に飲み込みながら、どうにか笑顔を浮かべた。
彼は何事もなかったように毛先まで滑り終えた手をしまい、留められたままの方の手を引いて部屋へと促した。
(……そうか。私は……)
だから、これほどまでに惹かれるのか。
ここではない世界に、もっとずっと自由なところに。
ようやくそう思い至って、その瞬間すとんと腑に落ちた。
だから、兄様――恭一郎様は――躍起になって私をこの世界に引き留めようとしてくれるのだ。それに、邸の皆が神隠しについて口をつぐむのも納得がいく。
未知の世界に迷いこんだのは、きっと私の方だったのだ。
「……小雪? 」
「は、はい」
どうにか普通にしていようと思ったが、たった数歩で立ち止まっていたらしい。
おまけに私はどうにも演技が苦手で、恭一郎様は私の心を読むのに長けすぎている。
「また、いつでも言ってくれ。あの頃も嬉しかったし、まあ、呆れることも多かったが。お前の言う我が儘は、兄ではなく男として聞いていたい」
暖かい。
矛盾した空気を頬に感じて顔を上げれば、彼の腕に風雪から守られていた。――私が、立ち止まっていたから。
きっと、これまでもそうだった。
違うことといえば、離したばかりの指が愛しそうに、まるで何かまじないを唱えるように頬を撫でていくということだけだ。