明日、雪うさぎが泣いたら
『……ごめん。休憩しようか。さゆの手、真っ赤になってる』
長いこと雪の塊を手離さなかったせいで、優しく広げられた私の手は、紅葉のように染まっていた。
彼が謝ることなんか、何もないのに。
意地になって落っことしたのも、いつまでも雪うさぎを完成することができなかったのも。全部、私のせい。
『……早く、春が来るといいね。雪うさぎは作れなくなっちゃうけど……そしたら、もっと楽にさゆに会えるのに』
だめだよ、手を繋いだら。
さゆのせいで、手が冷たくなっちゃう。
それは、本心だったのに。
どうしても、どうしても言えなかった。
この子の手は温かくて、頼もしくて、大きい。だから、ほっとするのに。
なぜか、今にもするりと解けてしまいそうで、とても怖かったから。
『そっちにも冬があるの? 』
代わりにどうにか出てきたのは、何てない質問。
『あるよ。国によって違うけど、俺のところには春夏秋冬、全部』
でも、そうか。
彼の世界にも、冬があるのなら。
もしも彼を追いかけて行っても、また雪うさぎを作ることができるかも。
『じゃあ、また雪うさぎ作りたいよ。ううん、ここでだってまた作れるもの。だから、春が来る前に……雪うさぎが溶ける前に会いに来て』
『さゆ……』
春なんか来なくていい。
ここは寒くて、とても冷えるけれど。
でも、何となく、春が来る前にもう彼に会えなくなるのだと悟っていた。
“春が来たらいい”――そう言った男の子は悲しそうで、彼もまた扉が永遠に閉じられる日が近いのだと知っているようだった。
『じゃなきゃ、さゆが行っちゃうから。どんなに時間がかかっても、大人になったって絶対に分かるよ。だって、髪飾りがあるもの』
やはり、ここはぼやけているのが悔しい。
もう少しで見えそうなのに、どんどん降ってくる雪が余計に邪魔をしている。
『……あった。うさぎの目』
すっと手が離れた。
雪の重さでしなった南天を取る為だ。
心の中で言い聞かせても、もう二度と触れることができない気がして、殊更世界が白く塗り潰される。
『どうして、雪うさぎの目は赤いんだろう。泣くのを我慢してるのかな。それとも、いっぱい泣いた後? 』
――どっちにしても、やっぱりさゆみたいだ。