篝火
「まじ、早く死んでほしいよ茂木」
「口に出しちゃだめ! 唇腐るよ」
「ぎゃーっ」
「叶恵ちゃん」
足を放り投げて背もたれに身体を預けていた私の机に、甚介が触れる。
フケだらけの伸び切ったボサボサの黒髪が眼鏡の奥で期待していて、少し小首を傾げたらあいみみのふたりが「ひっ」と息を飲む声がした。構わず、甚介が乾燥した唇で歯垢のついた歯を覗かせる。
「叶恵ちゃん、ちょっといい」
「教室じゃ目立つから、メッセージでやりとりするって言ったの、甚介だよ」
「今日は、勇気を出したかったんだ。それに叶恵ちゃんの隣の席のあの二人、全く腹が立つ、佐橋の信仰に嵌った愚かな俗物め、恥を知れ」
がり、がりり、と爪を噛んで、もう血が滲んだ親指をネイビーのパーカーに押し付ける。いつもストレスが溜まると甚介がこうするから、毎日着ているそのパーカーに淀んだ赤がシミになっているのを、私は目の当たりにしていた。
だからその手を、取った。
唾液で光った指先を眺めて、掴んだ手首をそのままおろす。
「甚介、それじゃ佐橋の思うツボだ。心まで荒んでどうするの」
「うん、うんそうだね、間違えちゃった。間違えを正してくれてありがとう、叶恵ちゃんは僕の大切な幼馴染みで、僕が間違えようとしたらぜったいに正してくれる唯一なんだよ、ありがとういつも、ごめんね、ごめん」
照れたようにバリバリと頭の後ろを掻く甚介の生命線を、私が握っている。私がこの糸を断ち切れば、あっという間に甚介は死に倒れるだろう。でもそこに興味はなかった。
悪を正すのが最優先だという確信があった。それを生き甲斐にしていた。愚かな幼馴染みを救う勧善懲悪だなんて随分有り触れた低俗止まりだけれど、今輝けるのは、私が立っている理由はその正統の上だけだ。
「だめだよ、佐橋にひとりで挑もうなんて」
「佐橋の決定的な弱みを握れば、甚介に対する悪質な嫌がらせも出来なくなる。わかる? 元手を断ち切らないと、奴は同じことをする、それを逆手に取るの」
「佐橋雄馬がそんな簡単に弱みを見せるだろうか」