篝火
「え、佐橋と話がついた?」
こちらからどう仕掛けようとにも思い浮かばず、最終的には佐橋雄馬に恋をしている前提が必要になると思ったが、それは不要だった。
実を言うとその素振りをぶら下げれば佐橋が私に目をつけるのではないかと目論んでいた。佐橋雄馬は、私を救おうというのだ。この、幼馴染みの茂木甚介から。そっちから来てくれるなんて、好都合。
私は揺るがない。なぜなら、私の行動の資本は正解に基づいていて、その理由に佐橋雄馬はいないからだ。
「私を、自分側に引き寄せようって魂胆だね。そうやって佐橋が自分という勢力を広げていったように、私もその一部に取り込もうとしたわけだ」
「そっか、そっか、でも驚いたな…叶恵ちゃん。僕に黙って、佐橋によく取り込まれなかったね、僕なら揺らいでしまうかもしれない」
「甚介、私は右にも左にも揺るがない。この二本の足で、向かいたい方向を見定めているんだよ」
「ええ、かっこいい、うう、さぶっ」
定時制夜間高校の始業が17:00からで22:00までであるということは、そこに一般に位置する昼休みの概念がなくなるということだ。代わりに20分休みがあった。まるで小学校の休み時間のようだけれど、その時間に生徒の多くは寝たり、スマホを触ったり、煙草を吸いに行ったりする。
屋上の真ん中に新聞紙とパイプ椅子を置いてちょきちょきと伸び切った甚介の髪を切っていく。あれほど脂性肌で口臭があれど、私が手をかければ甚介はいとも簡単に「一般」の枠組みに収まる。
私が髪を切っている間に歯ブラシを突っ込んで、極めつけに屋上の端にある水道の蛇口を目一杯開いて水を被せて頭を洗ったら、一度は泡立たなかった頭も、二度目のシャンプーで一気に泡が立った。
「甚介、あんた実は風呂入ってなかったでしょう」
「…め、めんどくさくて」
「あんたもう引きこもりじゃないんだよ、自分のことは自分でやるんだよ」
「うううう、11月だよいま、寒い寒い寒い、寒い」
「我慢して」