綺桜の舞う
何にもならないのに、姫野の名前を呼んでしまうのは、辛いから、か。
それとも。なんなんだろう。


「……そう言う時くらい、叶奏って呼んでほしい」


不機嫌な声が聞こえた。
俺の求めていた、姫野の声。


「なんでいんの」


体がだるくて動けなかった。
でも、目は開いて。姫野が、いた。


「伊織くんが、教えてくれた」
「そ」
「……大丈夫?」
「あぁ」


沈黙。
それですら、俺には十分すぎて。
たった半日、愛想を尽かされただけでこんなに死にかけるなんて思っても見なかった。


「おいで」


入り口にいた姫野は、裸足で、物音も立てずに俺に近づいてきた。


「しんどい?」
「……ごめん、俺。やきもち焼いただけ。
……ごめん」
「……湊くん?」


ベシッと、右頬を叩かれた。
今度は優しくて、痛くなかった。
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