片思いー終わる日はじめる日ー
「もう残ってるのは陸上部のやつらだけだなぁ」
 ついてきたクマも意外そうに言って腕を組んだ。

 はふー はふー

 白いポロシャツの胸元をつかんだ(ばく)の肩が呼吸にあわせて揺れている。
 どうしちゃったんだろう。
 遠目でもわかる。
 全身から漂っている緊張感。
 あんな麦は初めて見た。
「いい面構(つらがま)えしてるな。まだいけるだろう」

 はふー はふー

 顔の表情もよくわからないほど遠くからでも、呼吸の音が聞こえるみたい。
 大きく息を吸って。
 麦が、ひとつトンとグラウンドを蹴った。
 まわりで女子のみんなが息を飲む音がして。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
 パチパチパチパチパチパチ 
 大歓声と拍手。
「うむ。いいフォームだ。あれなら身長くらいは跳べるだろう」
 クマがジャージィのポケットに入れていた手を、あたしの頭にのせた。
 いつもだったら絶対に許さないのに、あたしは、その重い腕を両手で頭からどけながら聞いていた。
「ほんと?」
「なんだ、相田。おまえも赤根のファンか」
「…ゃ。なにそれ。そ…んなんじゃないよ!」
「隠すな、隠すな、どうりで中井先生と仲がいいわけだ」
 ――――え。
「ほれ。屋上を見てみろよ。中井先生だって見てるじゃないか」
「…………っ」
 遠くても、見間違えようがないシルエット。
 ふわふわの黒髪と白衣。
 授業中に堂々と屋上にいられる女性……。

 ナカイ ガ ミテル カラ

 まるで夢のなかのひとのように、空に跳んだ麦。
 両手で無造作に髪をかきあげながら、マットを降りる麦。
 軽やかに地面を蹴る足。
 額をぬぐう…日に焼けた腕。

 どうやって忘れたらいいのよ!
 それが、みんな、みんな、中井リラに見せるためだって。
 思い知らされたってあたしは麦を、あきらめきれない。
 友だちでもいい。
 だれよりも近くに。
 そばにいたいの!

 
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