片思いー終わる日はじめる日ー

「ん? ああ、なに? 赤根(あかね)くん」
「あの……。これ洗って、かたしてくれる?」
「はぁ?」
「モップ、さ。……きみのほうが扱いが上手(じょうず)だから」
「…………」
 なんなんだ、それは。
 言いかたはやわらかいけど、それ、意味わかってるの?
 道具をきれいにしてしまえって。
 あたしはきみの召使か!
 まあ別に、たいしたことじゃないから引き受けるけど。
「ありがと」
「どーいたしまして」
 最後まで聞かずに赤根が廊下に出て行くのを、ため息で追いかけたのは、赤根の行先を知っているからだ。
 毎日、毎日、班のだれよりも早く掃除を終わりたがる。
伊勢(いせ)くんもいそぐ?」

 6人のうち部活動をしているのは美術部の赤根と、将棋部の伊勢くんだけだから、小走りに教室を出て行く赤根の背中を追いながら、まだモップを握っている伊勢くんに聞いてみた。
「赤根は中井ちゃんに会いたいんだろ」
 応えたのは石川。
 あんたには聞いてない!
 しかも、お下劣。
 伊勢くんは困ったように眉を寄せて石川を見ると、眼鏡を中指で押し上げた。
「芸術はパッションですから――。描きたい衝動は我々にはわかりませんよね」
「…………」
 わからない…のか。
 うーん。
< 34 / 173 >

この作品をシェア

pagetop