片思いー終わる日はじめる日ー
 あたしが3年間学ぶ芸術の授業で美術を専攻したのは、ガイダンスで授業は油彩中心だと書いてあるのを読んだからだ。
 書道と音楽と工芸は、言えばお習字と合唱と夏休みの工作。
 どれも経験したことがあった。
 でも絵を描く道具はずっと水彩絵の具だったから、油彩ってなに? と思って。
 もちろんすぐに、好奇心は身を亡ぼすを体感するはめになったけど。
 使いこんだお道具って、やっぱりあこがれる。

「すごーい。あのツヤツヤは、あたしの新品ピカピカと違うわぁ。…なんか、やってるぅーってかんじ」
 床に置いてある、その絵具箱をものめずらしくながめていたあたしの視界に、ひょいっとかかとが入ってきた。
 かかとの持ち主の全身。
 その後ろ姿。
 制服のズボンのひざから上は、まだ新しい白衣。
 左手にパレットを持って。
 筆を持った右手を腰にあてて。
 ちょっと首をかしげてキャンバスに見いっている。
 窓からさしこむ太陽の光が、あたしからは逆光で。
 そのなかに立つ彼の髪のまわりで、光がソーダの泡のようにはねている。
「…………」
 見とれていた。
 はっきり言って。
 彼がふり向くまでは。
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