片思いー終わる日はじめる日ー
 あたしの怒りときたら、立ち上がったとたんに椅子を蹴倒(けたお)して、腕に抱えていたクロッキー帳を真っぷたつに引き裂くほど。
 石川ぁぁぁぁぁ!
「うわぁー、怒った、怒った、赤鬼だぁ」
 確かに。
 自分でも顔に血がのぼってくるのがわかる。
「やーめーな、さいって」
 中井はあたしたちを怒るでもなく肩をすくめて、自分のクロッキー帳を教卓に置くと、いつものように白衣のポケットにつっこんだ手をはたはたさせて、石川のほうに教室を泳いでいった。
「石川ぁ。そんなに言うなら、あんたはだれを描いたの、見せてごらん」
「いやあ、先生、かんべんしてくれよ」
 あたしたちのせいで、もう教室中がブレイクタイム。
 石川は美術室中逃げまわるし、男子たちはここぞとばかりに鉛筆を投げ出すし。
 中井は窓際近くまで石川を追いつめてスケッチブックをのぞくと、にやっと笑ってあたしを見た。
 はい、すみません。
 もう騒ぎません。
 ぺこっと頭をさげると、うなずいてくれたから、ちょっとホッとして、そのまま中井を目で追いかける。

 みんなの2時間の成果を確かめながら、ときどき短いアドバイスを送る中井はもう、ちゃんと先生の顔だ。
 あたしにはとうてい描けない、きれいなひと。
 絵の具で汚れた白衣を着ていても、どんなドレスを着たひとより優雅にすいすいと生徒たちの間を泳ぐように歩いていく。
 中井が麦のとなりの男子になにかアドバイスをした。
 麦の手元をちらっと見る。
 無言ですれ違うふたりの間に流れた、なんだか不思議な空気に気づいたのは、たぶんあたしだけだろう。

 中井を見ていたあたし。
 麦も中井を見ていた。
 窓に映る中井を……。

 あたしの心臓はどうして、こんなにダクダクはずんでいるんだろう。
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