片思いー終わる日はじめる日ー
「ちょっと先生! まだ? オレも。オレも見て」
 立ち上がってパレットをのせた左腕まで振っているのは石川。
「はいはい。ちとお待ち」
 うつむくあたしの肩に手を置いて、中井は離れていった。
 温かい手。

 落ちこぼれは救わないと入学式の日に生徒に宣告するような学校で、なんの才能もないあたしなんかにも声をかけてくれる。
 女子のあたしでも、いいなー、いい先生だなー、きれいだしなー、と思うんだから、男子はあからさまに中井の目を引きたがる。
 石川なんか典型だ。
「せーんせーぇ」
 甘えた声を出しちゃって。
 前に(ばく)が中井を描いていたとき、どれだけ冷やかしたか忘れたの?
「はいはい、石川さん。ラーメン1丁、5分前に出ましたぁ」
 中井は通り道の子のキャンバスをのぞきながら、みんなを笑わせてゆっくりと石川のほうに移動していく。
 しばらくそのうしろ姿を目で追っていて、ふとそれに気づいた。
 麦が中井を、目で追いかけている。
 パレットから左手の親指がぬけかかっているのも気づかないみたいに。
「…………っ」
 あたしが見ているのに気づいて、キャンバスに向きなおり眉毛をひゅっともちあげた。
 あとはパレットのうえをナイフでこねまわして知らん顔。
「…………」
 はぁ……。
 また、あたしだけが目撃者。
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