片思いー終わる日はじめる日ー
「ほら」
 牛のいる柵をぐるっとまわった所に、それはあった。
「お…米だぁ……」
 風にざざぁ――っと揺れる緑の稲穂。
 白衣のポケットに両手をつっこんで、麦も黙ってそれを見ていた。
 ざざぁー ざざぁー
「おま」「ね」
 同時に声にして、同時に口をつぐむ。
「なんだよ。おまえ、先に言えよ」
 そんなふうに言われると。
 あたしはただ、白衣が中井みたいになってきたねって言いたかったのに、なんだかとっても、それが重大なことみたいになっちゃって。
「言えったら」
 ……言えない。
「なんだよ。石川とは機関銃みたいにしゃべるくせに」
「自分だって!」
 やめろと叫ぶ声は頭のなかで聞こえているのに。
「そのかっこ、まるで中井のコピーみたい」
 あ…あぁ、やっちゃったぁ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 この気まずい無言時間はあたしが作り出したものだ。
 ごめん。
 せめて謝りたくて。
 ぐっと(こぶし)をにぎると(ばく)がふいっと背中を向けた。
「中井、中井って! …やめろよっ。あのひとはおれのことなんか、なんにも知っちゃいないんだから! なんとも思ってやしないんだ、おれのことなんか。あのひとは……おれのことなんか――…」
 ああ……。
 駆けていく麦の背中に、あたしの強がりは粉々。
「あはははは……」

 話しかけてもらえるだけでよかったのに。
 きらわれるくらいなら、ただの友だちで、よかったのに。
「うそつき」

 だったらなんで泣くのよ、相田(あいだ) 有実(ゆみ)
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