片思いー終わる日はじめる日ー
 こんなふうになればいいなって、ずっと思ってた。
 思っていたのに、(ばく)がひとりで歩いていくのを見るのがこんなにさびしい。
 せめて、このノートはあたしのために用意してくれたって、考えよう。
 あたしは……。
 あたしだって。
 もう大丈夫。



「サンキュー、ミスタイセ。ネクスト……ミスタアカネ、プリーズ」
「はい」
 ……教科書を読む麦の声。
 だれかに話しかけるときとちがって、ただ教科書を読む麦の声は、ほんの少し低くて、よく響く。
「オーケー、グーッド。…じゃ、訳して」
「……するとこう言う人もいるだろう。しかしソクラテス、追放された以上、沈黙を守り、おとなしく暮らしてもらえないだろうかと。ちょうどこの点に関しては――…」
 あちこちで、ぽかり、ぽかり、と頭が動く。
 午後のサイドリーダーは、しあわせな、うつろな時間。
 麦の声。
 麦のうしろ姿。
 折り返した長袖のワイシャツからでている腕が好き。
 上げ下げするたびに手首でするする動く、黒い革ベルトの時計が好き。
 指の長い大きな手が好き。
「サンキュー、ミスタアカネ、ベーリーグゥ。ネクスト――…」
 終鈴が鳴る。
 あたしのしあわせな時間も終わり。


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