笑顔のそばに
社員に対しても、病院に対しても。
私が表情を見せる相手は家族くらいだろう。
大学時代の友人にも表情がない、と言われるくらいだ。
だからといって本人に聞こえるくらいのボリュームで話すのはどうかと思うんだけれど。
…まあどうでもいい。
「失礼します。」
「松原か?」
「はい。」
ドア越しの会話。
でも実はあまり聞こえてない。
なんとなくでしか会話できないんだ。
「社長、本日の予定ですが…」
会話のキャッチボールなんて考えない。
…いや、考えたことがない。
与えられた仕事をこなすだけ。
それだけしか考えてない。
あとは無事に一日が終われば家に帰って…
「…本日は例の商談がこちらであります。
私はそれまでは総務課におりますので。」
「そうか。じゃあ相手さんが来たら応接間に通しておいてくれな。」
「承知致しました。15時ですよね。」
「おう。」
社長のスケジュール管理をするのはもちろん私。
元々総務課にいるはずの私が何故社長直属の秘書になっているか。
そんなの簡単だ。
秘書検定を持っているからという理由で気に入られてしまった。
専属が見つかるまで私を代わりの秘書に、という条件のはずだがなかなか次が見つからないのだ。
かれこれ半年近く社長秘書として働いている。
「では失礼致します。
何かありましたら内線で呼んでください。」
予定確認が終了したので私は総務課に戻ろうと踵を返す。
「あ」
「…はい?」
ドアノブに手をかけた時に社長が私を呼び止める声が聞こえた。
いやいや振り返る。
「体は大丈夫か?」
「…ご心配ありがとうございます。」
大丈夫か、なんて答えはひとつに決まっている。
全く大丈夫じゃないのだから。
今度こそ私はドアから外に出て総務課の自分の席に戻る。
先輩から頼まれている資料を制作したり伝票をあげたり…
「松原さん、どうぞ。」
「…?」
隣から爽やかな先輩の声。
「…あ、ありがとうございます。」
「休憩しようか。」
先輩のお誘いは受けるべきだ。
例えどれだけ仕事が溜まっていようが関係ない。
「松原さん」
「…はい。」
「キミほんとに人間?」
…失礼な人だ。
人間に決まっているのに。
「…藪から棒になんですか。」
「それくらい表情が変わらないんだよ。」
…自覚済みだ。
自分の顔がどれだけ変わらないかなんて。
「笑顔とか、疲れた、って感じの顔が全くなくてね。
キミの先輩として心配なんだよ。」
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