すてきな天使のいる夜に
結局、その日は目を覚ますことはなかった。
「なあ、紫苑。
どうしてそこまでこの子に手をかけるんだ。」
朝日が昇った頃、翔太も病院に来てくれた。
昨日の出来事を、翔太に全て話した。
翔太は少し、戸惑う様子を見せている。
無理もない。
俺でさえも、どうしてこの子がどうしてここまで気がかりなのか分からないんだから。
だけど…
彼女のことを守りたい。
その気持ちが大きくなる一方だった。
「全く、知らない子なんだろう?」
翔太の言う通りだ。
でも。
自分でも、不思議なくらいに俺はこの子の力になりたいという感情と、放っておいてはいけないと強く感じていた。
目を離したら、パッとこの世からいなくなってしまいそうで怖かった。
「ダメなんだ。
この子を1人にしたくないんだ。
今は、よく分からないけど何となくこの子を1人にしたら死んでしまいそうな気がするんだ。」
「紫苑…。」
「ごめん、翔太。
ちゃんとするから。
俺が、ちゃんとする。
必ず医者になって、俺この子を支えていきたいと思うんだ。
もし、身寄りがないというならこの子を一生かけて守りたい。
ただ、この子の笑顔が見たいんだ。」
「紫苑…。
紫苑の決意が硬いなら俺も一緒にこの子を支える。
紫苑と一緒に支えていく。」
「ありがとう、翔太。」
そう、翔太と約束をここで交わしてから沙奈を迎え入れる準備や、少しでも沙奈のことが分かるように沙奈の情報を警察の人から聞いた。
「君たち、少し話がある。
今、大丈夫か?」
沙奈の担当医にそう言われたのは、沙奈が運ばれて1週間たった時だった。
医師はとても深刻な表情をしていた。
「彼女の名前は、加須見沙奈ちゃんと言うことが分かった。
それから、この子の両親は母親が病死している。
唯一、父親がいるが重度のアルコール依存症と児童虐待で何回か警察に捕まっているそうだ。
この子の腕や足、顔にある痣や傷、火傷のような跡は虐待を受けてきた証拠かもしれない。
それから、この子。
栄養状態が悪く、飢餓になるの1歩手前だった。
その影響からか、分からないけど体もこの子の歳の子達と比べたらだいぶ小さい。
生まれつきということもあるのかもしれないが、成長期に十分な栄養を取ることが出来ないと、体も十分に育たない。
きっと、彼女の父親はネグレクトもしていたのだろうね。」
「あの。」
「紫苑?」
「あの子はこれからどうなってしまうのでしょうか。
あの子はまた父親の元へ戻されるのですか?」
「安心して。それは絶対にない。
帰れる時になったら、市役所の職員が彼女を引き取りに来ることになる。
あの子はきっと、養護施設へ預けられると思う。」
養護施設。
俺たちが、医者になるまではそこで沙奈をみていてもらった方が沙奈の為になるのか?
だけど、そんな慣れない施設へ連れていかれたら余計に沙奈が困惑するのではないか?
それこそ、沙奈が傷つくのではないのか?
自分達が引き取って、彼女を育てると言ってもきっと困惑はするだろうけど…。
でも、1度あの施設に入ったら沙奈の年齢からしたら沙奈を引き取ることができるのだろうか。
きっと、小さい子の養子縁組とかしか認めてないだろうしな…。
あの子が、働ける年齢になったらまた施設を出されてしまうのだろうか。
追い出す形にはならないとは思うけど、築き上げてきた信頼関係がまた失われて、今度こそ周りの人間を信用出来なくなってしまうのではないか。
彼女は、誰かと信頼関係を築き上げるのが怖くなって、1人で生きていくことを決断してしまうのではないだろうか。
社会に出て心の拠り所も無く生きていくことになるのか?
愛情を受けることもできず、信頼出来る家族や、大人が身近にいないとどうなってしまうのだろうか。
それなら、俺がその役割を責任持って果たしたい。
「あの、この子が退院決まったら自分達が引き取ってもよろしいでしょうか。」
「それは、辞めておきなさい。」
「でも!」
「親切心や良心だけで、子供を引き取ることは絶対に辞めなさい。
ただの同情なら、あの子が傷つくだけだ。
それに君たちはまだ、就職もしていない。
働き口もない君たちがどうやってあの子を養っていくんだ。
無責任に子供を引き取っても、子供が傷つくだけ。
それは親切とは違うからね。」