すてきな天使のいる夜に
「なあ、翔太。
沙奈ちゃんが目を覚ましたら伝えて。
沙奈ちゃんに、日記をつけてほしいんだ。
どんな些細なことでもいい。
病気の症状のこと、その日にあった出来事、思ったことや感じたことをそのまま日記に残してほしい。
沙奈ちゃんの検査をして、血液検査やレントゲン写真、生活環境からもはっきりとした喘息の発作の原因が何か分かっていないんだ。
沙奈ちゃんのお母さんが、喘息って言ってたから遺伝が大きな病因とは思うけど、その発作の引き金となる物が分からない。
少しでも、その日記で沙奈ちゃんから発作を回避することが出来るようになる手がかりが見つかるといいんだけど…。」
そう言って、大翔先輩はリングのノートを渡してくれた。
ここの病院では、患者さんの体調の変化を見逃さないようにと、患者さんにはこのように日記を書いてもらっている。
そうすることで、上手く話すことが出来ない人や、医師を目の前にして恐怖を覚え症状を話すことが出来ない子供が、どのように痛いのか、何が辛いのかを書いてくれる。
そのことで、今ある症状がはっきりとして病気の治療や症状の軽減になるように働きかけている。
「わかりました。
ありがとうございます。」
「それから、沙奈ちゃん。
体が、前よりも少しだけ痩せたようにも感じるから栄養面のこともしっかり見てほしい。
本当は、管理栄養士から沙奈ちゃんに合わせて献立を考えたり、食事について少し勉強する必要があるかもしれないけど、それは翔太や紫苑が分かってると思うから2人に任せるよ。」
たった1週間で、他者から見ても体重の減少が分かるくらい、沙奈は痩せたのかもしれないのか…。
大翔先輩は、学生の頃から洞察力や観察力の優れている人だった。
だからこそ、沙奈の変化に気づいたのかもしれないな。
診察が終わり、再び沙奈を抱き抱え家へ帰った。
家に着いてからも、沙奈は起きなかった。
さすがに制服のまま寝かせているのも良くないと思い、沙奈を部屋着に着替えさせた。
栄養のことか…。
だけど、それは沙奈にとっては1番辛いことなんだよな。
沙奈の好物は、未だに分からないけど嫌いな物が多いことが一緒に暮らしてから分かった。
ここに連れて来てから、初めての食事の時にテーブルに並ぶ主菜や副菜を見て、沙奈が不思議な感情を抱いていたことを思い出した。
自分から、箸を持たなかったりご飯に手をつけなかったのもそうだけど、食品を目の当たりにして「これは何?」と沙奈は口癖のように言っていた。
初めて見る食べ物が、当時の沙奈には多すぎていた。
どれだけ、ちゃんとしたご飯を食べさせてもらっていなかったのか。
どれほど食事が偏っていたのか。
どんな食生活を送っていたのか。
そういえば、沙奈。
1度だけ、沙奈と買い物に行った時、道端に咲いている花や草などの植物を口にしようとしていた時があった。
初めは本当に驚いたけど、それは十分に沙奈へ食事を与えられていなかったから、沙奈が空腹を満たそうと、植物を口にしていたと思うと、沙奈の父親に対しての怒りが込み上げて来て、悔しい気持ちでどうしようもなかった。
きっと、沙奈の中では次いつ食事ができるか分からないから空腹を満たすために口にしていたのかもしれない。
そんなこと心配する必要はないのにな…
だけどそれは、沙奈が必死に生きようとしてくれている証であって、沙奈の中で色々試行錯誤しながら生きてきたんだろうと今なら痛感して分かる。