すてきな天使のいる夜に
「なあ、紫苑…。
これは、聞いてもいいか本当に迷ったんだけど…。」
ずっと気になっていた。
沙奈の、主治医をする前から紫苑や翔太には妹がいることを知っていた。
血の繋がりがないことも知っていた。
学生時代の頃、紫苑と翔太はバタバタしている時期があって大学を休んでいた事があった。
大学に出てきた時、紫苑は妹ができたということしか言わなかった。
その時は、その妹に何か複雑な事情があったのだろうと思ったけど、深くは聞かなかった。
その時は、その妹のことに関しては無関係だと思っていたから。
紫苑から、詳しく話を聞くまでは自分からは何も触れない方がいいと思っていた。
沙奈と関わるまでは、深く聞いてはいけないような気がしていた。
「あの日のことか?」
さすが紫苑だな。
紫苑は相手が何を言いたいのか、表情を見て察する力を人よりも持っている。
「沙奈を見つけたあの日のことは、これからもずっと忘れてはいけないと思っているんだ。
大翔が、沙奈の主治医になってからいつ話そうか俺自身も迷っていたんだ。
沙奈の過去も汲み取って、診察に当たってほしいと思ったからさ…。」
病院と、沙奈は何かしら関係があるのか?
「今から、5年前か。
沙奈がまだ小学生の時に俺は初めて出会ったんだ。
1番その歳で冷えるといわれていた2月18日だった。
その日は、沙奈の誕生日でもある。
沙奈は、体中に痣や火傷の跡、傷がいくつもあって傷からの出血量も多かった。
半分意識を失っていて、その場から逃げる力も残っていなかったから、その場から離れることが出来なくて低体温になっていた。
急いで保温と止血をして、沙奈を大きな病院へ連れて行って一命を取り留めてくれたんだ。
それから、沙奈の身寄りを急いで探してもらったけど、唯一の家族である父親はアルコール依存もあって、沙奈に対しても児童虐待で警察に捕まったり、とても沙奈を育てられるような人ではなかった。
その時、沙奈を診てくれた医師に相談した。
沙奈の退院が決まったら、沙奈は施設に預けられるはずだった。
だけど、どうしてもそれは避けたくて俺は沙奈を引き取る覚悟を決めて沙奈を引き取った。
俺が知っているのは、そこまでなんだ。
あの日の出来事、沙奈が何でゴミ捨て場にいたのかは俺も沙奈の口から聞いたことがないんだ。
まだ、その話を聞くのは時期尚早だと思ってる。」
想像以上の、沙奈の抱える心の闇。
そんなに辛い過去を抱えながら、ここまで頑張って生きてきたのか。
それ以前に、こんなに小さな体で父親から暴力を受けていたのに、紫苑や翔太が見つけてくれるまで生き延びてくれたことが奇跡のように感じた。
本当によく、生きててくれた。
こんなにも、人の命が尊いものだと改めて強く心苦しく思った。
「ごめん、大翔。
辛いこと聞かせてしまって。」
目から、溢れる涙で紫苑が歪んで見えた。
きっと紫苑や翔太も辛かったよな。
それなのに、紫苑の相談に乗ることができなかった。
悔しい気持ちと、やり切れない思いが強い。
「ごめん、紫苑。
俺、あの時紫苑から詳しい話を聞くことができなくて。
あの頃の俺は、沙奈のことを知らなかったから自分には無関係だと思ってしまったんだ…。
紫苑は、大切な親友なのに…。
本当にごめん。」
「いいんだ。
当たり前だよ。
俺も、話してなかったんだから大翔が責めることは無い。
ありがとう。」
優しい瞳で紫苑は俺を見つめた。
膝の上で、あどけない表情で眠る沙奈を優しく自分の腕の中へ包み込んだ。