すてきな天使のいる夜に
紫苑と、翔太は私と向かい合う形ではなく私と隣り合わせと直角に座ってくれた。
前に、向かい合っていると緊張して話せなくなるって紫苑や翔太が言ってたんだっけ。
「私、あの日お父さんを怒らせたの。
私のお父さんは、重度のアルコール依存症を持っている人で、あの日も朝からずっとお酒を飲んでいた。
お酒を飲み始めると、お父さんは口が悪くなって、私にも暴力と暴言を吐くの。
私、お母さんの命と引き換えに産まれてきたんだ。
お母さんがいた時間はお父さん、本当に幸せだったんだって。
自分も、まともな人生を少しずつ歩き始めていたんだって。
なのに、私が産まれてきたせいでお母さんも死んじゃって、お父さんはまた逆戻りしちゃったの。
私は…産まれてきたらダメだったんだって。
私、あの日初めて知ったの。
お母さんは、私の命と引き換えに死んだこと。
命懸けで産んだから、私がお母さんの命を殺めてしまったこと。
その話を聞いたら、人殺しと罵られても仕方ないと思った。
それから、何度も何度も内蔵が破裂しそうなくらい蹴られて、叩かれて私は髪を引きずられながら、あのゴミ捨て場に捨てられたの。
本当は、あの日に私も死ぬはずだった。
ずっと、ご飯も食べてなかったし血も止まらなかった。
ご飯を食べない日が続くことが、もっとたくさんあった。
だけど、今までは何とか生きようとして植物を食べたり、公園の水を飲んだりしてたの。
でも、あの日初めて空腹がどうでもよくなって、生きることも生き延びようとすることもどうでもよくなったの。
それに、意識もハッキリしてなかった。
あのまま、死んだ方がよかったのかもしれない…。
楽に、死ぬ事が出来たのかもしれない…。」
そう。
あの日、お母さんの命を殺め父の人生を壊してしまったのであれば、私は産まれてくるべきではなかったし、産まれてきてはいけないのだと感じた。
何の罪もない人の命を、私が殺めてしまったのであれば。
「やめろ。」
今までに聞いたことのない、紫苑の低い声。
「そんなこと言うのやめろ。」
「紫苑。」
紫苑は、少し強い口調で私にそう言った。
そんな様子を見ていた翔太が、紫苑の口封じするかのように手を引っ張った。
「ごめん。沙奈。
だけど、そんなこと言わないでほしい。
産まれてきてはいけなかったなんて、死んだ方がよかったなんて冗談でも言うな。
いいか、沙奈。
きっと、沙奈の母親は何か思いを託して沙奈のことを産んだと思うんだ。
もし、命の境目で母親が沙奈の命を優先したのであれば、きっと何かしら理由があるはずなんだ。
きっと沙奈の父親も了承しているはずなんだ。
こんなこと、言うのは沙奈に申し訳ないけど、まだお腹の中だから優先されるのはその母親本人と、父親の意見を尊重される。
だから、沙奈が産まれてきたことは奇跡なんだよ。
沙奈のこと、沙奈の命を優先したはずなのに父親は沙奈を育てるという責任を果たしていない。
それに、沙奈。
沙奈が、父親の人生まで引き受けなくていいんだ。
背負っていこうとしなくてもいいんだ。
どんな理由があっても、子供の命を奪おうとする行為は絶対にあってはいけない。
こんな言い方、気の毒かもしれないけど沙奈の父親は結局沙奈が産まれても変わることなんてできなかったんだから、沙奈が自分を責めることなんてない。
俺は、沙奈が産まれてきてくれた事たまらなく愛おしいと思う。」
ずっと、心の中に引っかかっていた嫌悪感が嘘みたいに消し去られていくかのように心の重みが軽くなっていった。
気づいたら、私は紫苑に抱きしめられていた。
過去のことを話し、真剣に私の話を聞いてくれたことが、すごく温かかった。
何ひとつ変わらず、紫苑と翔太は私の話を遮ることも無く、最後までゆっくり話を聞いてくれた。