夢みたもの
あたしの腕に引っ張られる形で椅子から立ち上がった彼。

伏せていた目をあたしに向けた。

相変わらず愛想は無いけれど、驚くほど綺麗なその顔を正面から見ると、胸がドキドキして抵抗する事を忘れそうになる。

彼の茶色の瞳の中にあたしが映っているのが見えて、あたしは一瞬ぼぅっとしかけたけれど、慌てて頭を振ると彼に向き直った。



「これ、どういう事!?」


胸ポケットからメモを取り出して、彼の顔の前に突きつける。


「あなた・・・本当は日本語解るんでしょ!?」



今朝、あたしの携帯に挟まっていたメモにはこう書いてあった。


『今日の16時 音楽室で YURI』


葵がわざわざドイツ語を話して、本人は日本語が分からないようなそぶりで、編入以来、一言も話していないという噂。

そんな人が日本語を、しかも達筆な字で書くなんて、どう考えてもおかしい。



「どういうこと?」


あたしはかざしたメモ越しに彼を睨んだ。


綺麗な顔だからと言って、怯む訳にはいかない。

納得のいく説明を聞くつもりで、そして、どうして彼が怖くないのか知りたくて、航平をごまかしてここに来たんだから。


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