夢みたもの
『小さい頃、ほんの少しの間だけ一緒に過ごした』



「・・・・・」



『樫の木に囲まれた白い洋館 覚えてない?』



あたしが首を振ると、彼は再びペンを走らせる。



『白いピアノと暖炉 それが君のお気に入りだった事は?』



申し訳なく思いながら、あたしは再び首を振った。


「ごめんなさい。本当に覚えてないの」


「思い出したくない」・・・とは言えなかった。



動かしていた手を止めて、彼はため息を吐く。

そして、もう少しだけ書き加えると、あたしにノートを差し出した。



『父の仕事の関係で、短い期間しか一緒に居られなかったけど・・・。君の事が気がかりだった』



『だから 会えて嬉しい』



「ごめんなさい」


ノートを閉じて彼に返すと、あたしは彼の視線を避けるように頭を下げた。



何も思い出したくない。

思い出さなくていい。


ずっとそう思ってきた。



あたしの人生に、幼い頃の記憶はいらない。

時々、ふとした時に思い出しかけるけど、その度に、必死に心に蓋をする。


今のままで・・・

いつも通りの毎日を送る事があたしの望みだから。


< 120 / 633 >

この作品をシェア

pagetop