夢みたもの
広い胸、力強い腕の中で、あたしは身動き出来なかった。


「‥‥ちょ‥」

「離したくない」


耳元で航平の声と鼓動が聞こえる。


その時だった。


『離さないよ』

「‥‥!?」


航平の声に重なるように、頭の中で声が聞こえた。


「‥‥」


‥‥過去が再び、記憶の底から蘇る。

思い出したくない。

そう思うのに‥‥一度思い出すきっかけを与えた記憶は、一方的にあたしに押し寄せる。



『逃げるなんて許さない。‥‥お前は私の物だからね?』


耳元で囁かれた言葉。


補導された交番に駆け付けたその人は、あたしの姿を見るなり、走り寄って抱き締めた。


『凄く‥凄く心配したんだよ!?』


警官に何度も頭を下げながら、あたしを抱きしめ‥頭を撫でながら‥‥

その人は低い声で、あたしの耳元で囁く。


『逃がさないよ』



「‥‥や‥」


あたしは航平の胸元を強く押し返した。


「ひなこ?」

「‥‥放して」

「‥‥」


「‥放して!‥‥近付かないで‥!!」


あたしの腕を掴んでいた航平の手がビクっと反応して、あたしを掴む力が弱まる。

その隙を突いたあたしは、慌てて転びそうになりながらも、航平の側をすり抜けた。



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