今夜、月に彷徨うユートピア
当時の私は
『良かった、先輩の好きなタイプになれてる、良かった、』
なんて思っていたけれど、いつ、本人から大人らしい人がタイプだと聞いた?
人気の彼のこと。
根拠のない噂だってきっとたくさんあることだろう。
それを鵜呑みに信じ込み、また懲りずに彼の前で煙草を吸い、お酒を呷って。
今ではもう彼にとってすっかり習慣になってしまったのか、私がお風呂から出ると既にバルコニーへの窓が開いていることもしばしば。
その度に、胸がきゅぅっと痛むような感覚を覚えたのはいつからだっただろう。
でも、そんな彼の言葉が全て上辺で、お世辞だったと気づいたのはつい最近のこと。
あまりに子供だったと、自分でも思う。
勝手に喜んで、自惚れて、愛を囁いて。
なんとも虚しい。
すうっとうなじを通る夜の風が、自分を現実へと連れ戻す。
ふぅ、と煙草の煙を少し吐き出して、くるりと体を反対の向きに変えた。
そこから見えるのは網戸越しの彼の姿。
未だ変わらずソファに座り込みながら甘くて、優しくて、ふわりとした笑顔をスマホに向けている。
だから、私と目が合うことはない。
数メートルしかないにも関わらず、この距離がとても淋しくなって手を伸ばす。
しかし、彼との間を隔てるこの薄っぺらい、チープな網戸が私がどれだけ手を伸ばしても彼の手に自分の手を重ねることはできないのだと告げているようで、思わず体の後ろで手をぎり、と握った。