今夜、月に彷徨うユートピア

ぴちょん、と私の髪から床に落ちた雫が音をたてる。

彼が笑いかけている相手はどんな子なのだろう。
私よりも年下かな。
私みたいに自分を着飾っていない純粋な子なのかな。

彼と似合う人を想像すると、どうしても自分とはかけ離れていくことに落胆する。


でも、今確実に彼といるのは私で、私が煙草をお風呂あがりに吸うことも彼の中の習慣の一つになって、私は彼の中の一部にはなっているはずだ。
そう思いたいけれど、現実がそうだと告げてくれない。
私は彼のすべてではない。
彼が熱を帯びた瞳で見つめる相手は、他にもいる。

なんでそんな人を好きになってしまったのだろうか。
どれだけ足掻いても、藻掻いても届かない人を。


だけど、それでも。
どれだけ、どれだけ彼に近づけなくても、愛を伝えてくれなくても、私は彼のことが大好きで大好きで仕方がない。
彼がどれだけ私を見てくれなくても、私が彼を見つめることが出来る限り、好きが途絶えることはないほどに愛している。
どれ程憎みたくても、憎めない。
そんな彼を大嫌いになりそうなほど、大好きなんだ。


そんな自分が、滑稽に思えて。
悲しくなって。
つらくなって。

灰皿にぐりぐりと煙草を押さえつけて無理矢理火を消し、彼と目を合わさず洗面台まで向かってドライヤーの電源をかちりとつけた。

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