今夜、月に彷徨うユートピア


皐月、という名前から「5月か、じゃあ、英語で『めい』で良いじゃん」と言って快斗くんがつけてくれたあだ名を薄い唇から紡ぎ、ふわりと笑ったあの快斗くんの顔は今でも忘れられない。

その笑顔に応えるように私は必死に口角をあげた。
果たして、私は上手く笑えていたのだろうか。
目ざとい千奈実が分からなかったのだから、きっとうまく出来ていたのだろう。
いや、もしかしたら好きな人と付き合うことが出来たことに浮かれていて気付かなかっただけかもしれないけれど。

それももう何でもいい。
それよりも、好きな人が私の大切な友達と付き合った。
それはそれはもう私の心に芽生えた小さな恋という双葉をむしりとってゆく、大きすぎるショックだった。

でもそれも今となっては芽の状態で良かったと思う。
立派に花を咲かしているところをむしり取られてしまえば、その時につく心の傷は実際の何倍も、いや、何十倍も深かっただろうから。


こんなことを考えている場合ではない。
急いでこの花たちを片付けなければ。
この花吐き病にかかった人が吐いた花を他人が触れてしまうと、その人に花吐き病が伝染してしまう。
それは何としてでも防がなければいけない。

なぜなら。



花吐き病は完治方法がたった一つしかないから。



それは
片想いをしている相手と、両想いになること。
白銀の百合を吐いたら完治した証拠なのだと言う。




しかし、そうでなければ、



花吐き病に感染してから、つまり初めて花を吐いた日からぴったり一年後のその日、体が花びらとなり消えてゆくと言うのだ。


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