今夜、月に彷徨うユートピア
「この度、」
「はい、」
「この度、私、伊藤千奈実は、」
どくり。
そんな音を立てて自分の血液が体中を巡る。
真面目な顔をしたいのだろうが、千奈実の顔は薄く薄紅に染まり、笑みがこぼれ出ている。
「君島快斗と結婚いたしまして、伊藤千奈実から、君島千奈実となります!!」
「えっ…!?」
ほわほわとした雰囲気を身に纏い、それはもう幸せそうに。
「…結婚したの?」
「んふふー♪実はね。この前」
そのまま左手薬指の指輪を見せてくれる。
以前つけていた婚約指輪より、輝くそれが少し大きいことに気がついた。
「わぁっ…」
「んふふ」
笑みなど隠しもせず、幸せオーラ全開の千奈実。
「……!んっ、」
すると喉にあのいつもの違和感が。
ぬるりとした花びらの感触がした途端、私は急いで水が入ったコップを手に取った。
「えっ、ど、どしたの?」
「……はぁっ、ん、ごめ、…何にもないよ」
へらり、と笑う。
千奈実が少し不安そうな、でも不思議そうな顔をしている。
多分次に口を開くべきなのは私だろう。
でも、こんな幸せそうな千奈実を前にして、まだ快斗くんのことを想っているという事実に、吐き気がした。
でも、片想いの相手だから。
失恋だって知っていたけど、それでもその事実を目の当たりにすると、つらくなるのも仕方がないでしょう?
でも、千奈実と快斗くんは私の大好きな二人で、友達で、親友で。
そんな二人だから、この結婚も嬉しい。
でも、やっぱり苦しくて。
つらいのと、
嬉しいのと、
苦しいのと、
幸せなのと、
悲しいのが、
ぐちゃぐちゃと入り混じり、ぐるぐると全身を駆け巡る。
それは混沌と困惑となって、真っ黒い塊が形成される。
そうして溶けて出来た涙は、私の双眸へと駆け上がってきた。