今夜、月に彷徨うユートピア
「それでは、誓いのキスを」
幸せそうに微笑んだ二人を前にした神父も満足そうに微笑んで、そう言った。
二人が向き合い、快斗くんがゆるゆると千奈実のベールを巻き上げる。
そこには、これまでに見たことのないほど嬉しそうな、優しい笑顔をした綺麗な千奈実があらわれた。
千奈実の白い肩に手を乗せ、ゆっくりと顔と顔を近づける。
その瞬間、心の糸がぱちぱちと解け始め、私は反射的に目を瞑った。
「わぁっ」
私の隣に座っていた知人が小さく声をあげる。
その直後、ふふふ、という微笑みや、おぉぉ、という声共に拍手が耳にぶわりと入ってきた。
ああ、ずっと、ずっと応援すると言い聞かせて、我慢してきたのに。
不幸か幸いか分からないが、二人は恋人らしい行動を中々人前でしなかった。
それは当然私にも当てはまるわけで。
だから、二人のキスを目の当たりにすることに対しての耐性がなかったのだ。
私は、今、千奈実に嫉妬しているのだろうか。
少なくとも「黒い感情」と表せるものが私の中を駆け巡っていることだけは、確かだった。
恐る恐る目を開けると、飛び込んできたのは照れたように視線を彷徨わせる千奈実の姿。
可愛い。
女の私もそう思うほどに。
そりゃ、快斗くんも惚れるわ。
そんなことを考えていたら、かちり、と千奈実と目が合ってしまった。
そのままくしゃり、とピースでもするのでは、と思うほどに笑った千奈実。
そんな彼女の仕草に、思わず泣きそうになってしまった。