今夜、月に彷徨うユートピア
「ありがとうございましたー」
ぺこ、と礼をすると「あ、そうだ」と声を零してこちらに近づいてきた先生。
もしかして、私かも
なんて思うのも無理はないと信じたい。
こういう時、期待するが故に目を逸らしてしまう。
もし、期待して人の方をじっと見るけれどそれが自分ではなかった場合、その時に感じる恥って微妙で。
変な罪悪感まで生んでしまうと思う。
でも今回は、
「岡野」
その必要はなかったようだけど。
私を呼ぶ優しい先生の声が空気にまとわりつかず、すぅ、と私の耳へと潜り込んできた。
「あ、はい。なんですか?」
笑ってそう答えると、先生も安心したようにふわりと笑う。
あ、この笑顔、私の好きなやつ
なんて柄にもなく思う。
こんなに好き好き思ってて大丈夫だろうか。
いつかは諦める時が来るはずなのに。
まあ、まだ諦めるつもりはあんまりないんだけど。
「後でいいから、放課後までにちょっと準備室来てくれない?」
「あ、はい、分かりました、OKです」
「英語係だよね?教材を運ぶのと、プリント冊子、届けてくれない?」
「はい!了解です!」
「ん、ありがと」
じゃ、と言って手をひらひらと振った先生に、思わず私も脊髄反射で振り返した。
ふふ、と口角が上がってしまうのは、しょうがないことだろう。
その後友達に「なんか良いことあった?」 と言われたのは言うまでもない。