今夜、月に彷徨うユートピア
「二人共めっちゃ幸せそうじゃん、良かったね」
隣の席の高校時代の友人が、そう言う。
素直にありがとう、と返しておいた。
「でもさー…なんで皐月そんな泣きそうなの?」
「…え?」
少し、控えめな声で。
それでも、なんでもないように彼女がそう聞いた。
「…感動してるからかな?泣くとは思ってなかった……」
「いや、まぁ、そうならいいんだけど…なんか…もっとこう、悲しい方の…」
スピーチ中、所謂“青い感情”と言われるものが心中をよぎったのは確かだ。
しかし、顔には出さないようにしていたのだが。
実際に目に手を持っていっても指が濡れることはないし、眉間に皺を寄せている訳でもない。
感動してるだけだよ、と笑い返して椅子に腰かける。
途端、喉がきゅるり、と鳴った。気がする。
何かが突っかかるような、喉元で渦巻いているような。
さぁっと顔から血の気が引く。
ヤバい、嘘でしょ、もう時間?
ごめんお手洗い、と友人に声を掛け、足早に会場を抜ける。
ガチャリ、と個室に閉じこもり、思わずへなりと足の力が抜けた。
聞いてない、聞いてない。
もう効果が切れるなんて有り得ない。