今夜、月に彷徨うユートピア
「え…もうこんな時間?」
時は進んで午後7時。
そろそろ定期考査が始まるというこの時期、ある程度学校で自習していたらもうこんな夜だ。
冬の空は藍色に染まっている。
その中にぼんやりと輝く月がぽっつりと浮かんでいた。
「そろそろ、帰ります」
「ん、お疲れ様」
そう返す、わざわざこの時間まで自習監督をしてくれた小川先生。
なんという理想のシチュエーション。
夜の教室に、好きな先生と二人きり、なんて。
…LINEのID、渡してしまおうか。
基本、先生との連絡交換なんてしないものだからきっと断られるけど、やってみるだけ無駄じゃないような気がする。
それもこれも期待させる先生が悪い、と全ての責任を先生に勝手に押し付けて、先生の目の前までとことこと向かった。
「先生」
「ん?」
「これ、あげます」
「え?」
静かに受け取ってその紙を開いた先生。
私はそれを返却されないように、そそくさと自分の荷物のある席へと戻った。
でも、拒んでくれたら私は諦めきれるよ。
「…え?」
「じゃ、私帰ります。さよーなら」
「ちょっと、岡野、これ」
「はい?」
駄目だよ
こんなの教師に渡したら駄目
って言ってよ。
そしたら、諦めるよ。
いや、諦められるように努力する。
“小川先生”を“先生”として接するように頑張るから。
だから、
「いや…なんでもない」
ああ、やっぱりあなたは。
「……分かりました。帰ります。」
「うん、じゃ、さようなら」
「さよーなら」
そうやって、期待ばかりさせるのが上手なのだ。