令嬢と婚約者、そして恋を知る
みんなで足を運んだ食堂、カウンターへと向かう姿を見送って見渡した室内に目当ての姿は見えず、いつもの席だろうとテラスに足を向ける。
入学当初はお兄様とルーカスと、頼りきりだったわたしは二人に会えるランチを心待ちにしていた。
きちんと二人の手を離れて過ごせるようになったのは、三学年の終わり頃だったろうか。あの頃は甘えたい気持ちと、独り立ちしたい気持ちと、一人で矛盾を抱えていた気がする。
「…………って、」
日に日に暖かさの増す季節、食堂とテラス席とを隔てている一枚の扉は開け放たれていて、そよそよと風が通り抜けていく。その風に乗るようにして聞こえたのはお兄様の声で、わたしとのランチ時にお一人でないなんて珍しい、と大して気にもとめず歩みを進めた。
あれ、と思ったのは、その相手がよく知る声だと気付いた瞬間。
「しつこい」
これまでに聞いたことのない苛立った響きで吐き出された声は、最近避け続けている婚約者のものだった。思わず足が止まる。
「随分と神経逆立ててるみたいだけど、そういうのは君じゃなくて僕ら兄妹の方だと思うけど?」
いつも穏やかな二人が諍いなんてと思ったけど、
……ああこれは。きっとわたしのこと。
「何度も言うように、そんな関係じゃないんだから問題ない」
名ばかり形ばかりの婚約者なんて、どんな関係でもない。それについて話していたなら、それぞれの意見が折り合わずに険悪な雰囲気になっていることも理解出来た。