令嬢と婚約者、そして恋を知る
あたたかな眼差しが気恥しくて、避けるように俯いた。
そわそわと落ち着かない気分で、だけど心底ホッとしていることを自覚する。ちゃんと好かれているのに勝手に婚約解消を覚悟までしていたなんて、自分がおかしくて笑いだしてしまいそう。
彼に会いたい。そして謝らなくては。散策を終えるまでに気持ちを落ち着けて。
話さなくちゃいけないこと、話したいことがたくさんある。避けてしまってごめんなさい、って。大切にしてくれてありがとう、って。そして、心を掻き乱されてしまうくらいにはどうやらあなたのことが……なんて、それは伝えられるか分からないけど。
「エヴェリン」
呼びかけにハッと足を止める。振り向けば今まさに頭の中を占めているその人が、星明かりに照らされ、まっすぐこちらに向かってくるのがとてもよく見えた。
会いたいとは考えたけれど、落ち着けようとしていた鼓動は跳ね、心臓が自己主張を始める。ようやく少し自分の状況や感情を整理出来そうになっていたのに。
助けを求めてアンヌ様を振り返るけれど、いったいいつの間にこの場を離れたのか、彼女の姿はどこにも見当たらない。もちろんわたしに逃げ場は……いいえ、避けたせいで彼の話もまともに聞かなかったわたしにそんな選択肢は最早取れるはずもない。
焦り戸惑っている間にも彼は迷いのない足取りで歩み寄ってくる。
こちらの動揺などお構い無しに、ルーカスは正面までやって来ると足を止めその場に跪く。真剣な眼差しに射抜かれて、わたしは動けないままその瞳を見つめ返すしか出来なくて。
「エヴェリン・オルレア嬢、」
掠れた声で丁寧に名前を呼ばれ、胸がきゅっと詰まる。
――そして彼は、わたしの手を取った。