令嬢と婚約者、そして恋を知る
愚かな私
「……顔色悪いよ?」
セルジオが手本を見せるようににっこりと微笑んだ。
顔色も悪くなるというもの。自身の愚かさを悔やんでも悔やみきれない。セルジオの笑顔が罪悪感と焦りに追い討ちをかけてくる。
チクチクどころかザクザクと刃物を突き立てるような視線を正面から向けられるが、文句などあろうはずもない。
とんでもない過ちを犯していることに気付いたのは、セルジオが彼にしては珍しく事前連絡なしに押しかけてきた時。書斎で資料集めをしていた私を探し当てた彼は、真顔で胸ぐらを掴み上げ低く罵声を浴びせてきたのだ。
それまでの私は呑気にも、働きながらもいつあの子に贈られたカフリンクスを付けてデートが出来るかと思い馳せていて、突然のことに理解が追いつかずさらに彼を苛立たせることになった。
……何者からも守りたいと思っていたはずのエヴェリンを自分こそが傷付けたなんて。
その事実に血の気が引いて、今すぐ飛び出そうとした足は、しかし泣き疲れて寝込んでいると聞かされくず折れた。
「本当に大丈夫なの?」
そうして今日、ようやくエヴェリンに面会する機会を得ることが出来た。
それも自力で作った機会ではなく、セルジオがいてくれてこそ叶ったものだった。感謝も謝罪もいくらしてもしきれない。
セルジオとの関係は事情を説明したことでひとまずの和解となったが、かといって彼が私を許したわけではないことも理解していた。
柔和に微笑みながらも冷めた眼差し、しかしそれを受け入れるのはいいとして、今日こそはと気合いを入れてきたのだから不安になるようなことは言わないでほしい。
「……シミュレーションならしてきた、つもりだ」
「そんな青白い顔で言われても説得力ないよ。直接謝りたいっていう気持ちは分かるけどね、休み中に捕まえられなかったのは大きいと思うな」
「…………計らってくれて感謝している」
「その言葉はあの子と話せてからにした方がいいんじゃない? こうも避けられておいて今日は逃げられないなんて考えは甘いんじゃないかと思うけど」
テーブルの上の食事を前に姿勢よく腰掛けるセルジオは、ゆったりとティーカップを傾ける。
学園の食堂テラス席だ。卒業するまでは三人でよく過ごしていた場所。今も兄妹二人で続いているらしいそのランチタイムに交ざる形で、私に話をする場を用意してくれた。
懐かしいざわめきに目を閉じる。そんな話し声や物音よりも自分の心音が響いてズキズキと頭痛のようだ。