あなたに呪いを差し上げましょう
「いや、いいんだ。あなたが呼びたくないのなら、呼ばなくていい」


慌てた訂正に、唇を噛む。


王族のお願いは命令に成り果てる。愛を乞うこともできない。


だからこのひとは、「名前で呼んではくれないのか」ではなく、くださらないのか、と言ったのだ。少しでも敬意とやわらかさを込めようとして。


でも、以前名乗っている以上、わたくしに他に言えることはない。


「はいめ」

「……拝命いたしますなどとは、おっしゃってくださるな」


すぐさま遮られる。


実にいやそうで悲しそうな、苦い声だった。わざわざおっしゃってくださるなんて言い換えているあたり、本気度がうかがえる。


「失礼いたしました」

「いや」


……難しいな。


「私は、あなたを失いたくないだけなんだ」


多くの仲間を失いながら、冷えた体温にそっともう動かない瞳を閉じさせながら、泥にまみれて生きてきたこのひとが、唯一守れそうだったものが、きっとわたくしなのだと思う。


だから、こんなに守ろうとしてくれるのだろうと思う。

この方の仕事場には、守れぬ命が山のようにある。ならば、手が届く守れる命だけでも守りたいと。


時間をかけて育てた薔薇を大切だと思うように、時間をかけた関係を大切だと思うのは、当然のことだわ。


相手が特殊な状況に陥っていて、自分が状況を解消する手段を持っているのなら、守れそうだ、守りたいと思う気持ちが強くなるのは、なおさら当たり前ではないかしら。


夢のようにうつくしいひと。穏やかな声。理性的な立ち居振る舞い。選ぶ言葉も落ち着いていて品がある。


よいお方だと思う。


でも、立場も身分も、すべてが愛おしいと言えるようになるまでには、わたくしには時間がかかる。


あなたさまはかつて、あと百年は魔法が解けないと笑ったけれど。

わたくしはまだ、いつか、このひどく都合のよい魔法が解けてしまうのではないかしらと、怯えているのです。
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