あなたに呪いを差し上げましょう
以前、屋敷の裏に植えておいた実の種が芽を出し、大きく育ち、赤い実をつけた。


鳥の鳴き声に起こされて見てみたら、枝先の赤がどんどん数を減らしている。こちらでは甘く実ったらしい。

摘んで食べてみると、たしかに甘かった。


「殿下、赤い実がなりましたの。鳥たちからは評判がいいのですけれど、お味見なさいますか」

「もちろん。楽しみにしていたよ」


洗った実をいくつかまとめて口に入れて、これならジャムにも甘煮にもしなくていいな、とルークさまが笑った。


「あれから一年が経ったのですね」

「早いものだな」

「ええ。……正直に申し上げますと、あのお約束は、かなわないものと思っておりました」

「……アンジー」


ルークさまが静かにカトラリーを置いた。真面目な話をするとき、だれかと話をするとき、目を見るひとだった。


「私では、あなたの生きる理由には足りないだろうか」


足りないはずがなかったけれど、そう答えていいはずもない。


「あなたの生きる理由を預けてほしい。私は、あなたがほしい」


懇願が降る。


「アンジー。アンジェリカ。どうか聞いてくれ。どうか私の願いを命令に成り下げないでくれ」


何度も。何度も。


「私はあなたを愛している。それだけだ」


それは。それはつまり。


「……第二夫人になれとおっしゃる?」

「ばかなことを言わないでくれ」


だって、第二夫人だとしか思えないでしょう。逆の立場だったら、わたくしだけは選ばないわ。


庶民ではほとんどないそうだけれど、貴族では、何人か配偶者がいてもおかしくない。王族ならなおさら。


怒られるのも覚悟だったのに、怒られなかった。静かに頼まれた。


そういうところだった。


見慣れてもけして見飽きないうつくしいひとの、品のよさを思った。

身分と、なにもしなくても第一から第十夫人くらいまでは諸手を挙げて押しかけてこられそうな、役職を思った。
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