あなたに呪いを差し上げましょう
「今後についてだが。おまえと殿下の婚姻が成り、私が(たお)れた暁には、殿下に、公爵家当主の名をお譲りしようと思う」

「……わたくしは構いません。領地経営は不勉強でわかりませんし、これ以上の名はいりません。領民も、呪われた地だと言われるよりは、英雄に祝福された地だと言われるほうがよいでしょう」

「では、そのようにお話をするものとしてこちらで用意しておく」

「ありがとう存じます。よろしくお願いいたします」

「……アンジェリカ」


絞り出すような、迷いに迷ってかすれた呼び名に、はいと頷く。


父に名前を呼ばれるのは、わたくしの首を狙う者たちに襲われたとき以来かしら。随分前のことのような気がする。


「私はおまえに、年頃の令嬢らしいことは、なにもさせてやれなかったな」

「いいえ、そんなことは……!」


必死で言い募る。


「衣食住の保証も世話係もいただきました。薔薇も名前も、たくさんの本もです。教育だって。きらびやかな夜会に出させてもくださいました。わたくしは、そのおかげでルークさまとお会いしたのです」


そうか、と父が言った。そうです、と頷いた。


「だが私は、権威に首を垂れ、おまえを売り渡した。普通の貴族なら当たり前に向けられる周囲からの敬意を、与えてやれなかった」

「いいえ。いいえ、それは……!」

「違わないよ」


やさしい子に育ったのだね、とわたくしの言葉じりを引き取る。何度も首を振ることしかできない。


「おまえは生きるために、噂にさらされ、刃にさらされ、遠巻きな奇異の目にさらされた」

「いいえ、それはわたくしのせいです。閣下のせいでは」

「いや。私が至らないせいで、おまえに苦労をかけた。これからもかけるかもしれない」


それでも、おまえを娘と呼ぶのを、許してくれるだろうか。


「おまえさえ構わないのなら、私を父と呼んでほしい。後ろ盾は必要だろう」


後ろ盾だなんて不器用なことを言う父に、そっと笑った。


「……はい、お父さま」


お父さま。あなたはずっと、わたくしの父でいてくださったわ。これからも。
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