あなたに呪いを差し上げましょう
答えないでいると、うつくしい男がふわりとやさしく微笑む。


「アンジーと呼んでも?」

「…………ええ」


どうにか平坦に作り替えた声色で返事をするころには、あれほどこらえきれなかった涙もすっかり落ち着き、ぬれそぼったまつ毛はとっくに乾いていた。


遠くでざわめきが一層大きくなった。宴が盛り上がっているらしい。


でも正直に言うと、もう早く帰って早く寝たかった。


ドレスは重たいし、変なひとに絡まれているし、夜も更けてきたし。


子爵にご挨拶をするという、今日の用事は済んでいる。


どうせわたくしがいてもいなくても変わらないのだから、父にはあとで事情説明と謝罪の手紙を送ることにして、さっさと帰ってしまってもいいはずだわ。

そうよ、きっとそう。


挨拶回りで忙しいでしょうから、父から許可を得るのを待っていたら、いつまでたっても帰れない。


「おそれながら、わたくしはこれで失礼いたします」


ドレスをつまんで淑女の礼をして、隣を通り抜けようとしたわたくしの手を、ルークさまがするりと取った。どこまでも手慣れた手つきだった。


「……なにをなさいますの」


抑えたのに、予想以上にかたい声が出る。


「アンジー」

「お手をお離しくださいませ。……ひとを呼びますわよ」


言い募ると、失礼、とあっさり手が離れた。


アンジー、と静かに呼ばれてどきりとする。


「待って、ほしいのです」


待ってくれと言いかけて、お待ちくださいとか待ってくださいとか言わなければいけなかったことを思い出して無理矢理つけ足したような、拙い敬語。


遠くからでもうつくしいルークさまは、近くで見てもうつくしかった。
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