あなたに呪いを差し上げましょう
「ほんとうに狭いところですが、少なくとも隠れ場所にはなりますし、絶対にふたりでいるところは見つかりません。そもそも、わたくしに外聞もなにもございませんわ」


これほど呪われていると噂になった以上、言い伝えが力を持つこの国では、もはや結婚は望めない。だれも呪いなど継ぎたくないもの。


呪いはいまだほんとうに存在するのか定かではないけれど、言い伝えがあまりに有名すぎて、どうしても世間の目が厳しくなる。


黒をまとって産まれた時点で、生きにくくなるのは確定していた。奴隷商に売り払われたり森に打ち捨てられたりしなかったのは、ほんとうに幸運なの。


忌子は生きている間ずっと存在を否定され続けて、そして死ぬ。そう決まっているのだもの。


いつ呪われるかもわからないのに呪われ令嬢をわざわざ見ようとする物好きなんていないし、わたくしの屋敷に近づくひともいないし、父には書き置きをして、御者には本邸に戻って待機し、終わるころにルークさまを迎えに来るよう頼めばいい。

おおよそ宴の終わりの時間は決まっているわ。それだけで、だれにも気づかれずに隠れられるでしょう。


御者にはふたりで乗り込むところを見られてしまうけれど、少しお代を弾めばよけいなことは言わないでしょうね。

呪いはだれでも怖いから。


日頃から馬車には家紋を入れないでほしいと頼んでいるのだもの、ルークさまにわたくしの正体に気づかれることもないはずよ。


「むしろあなたさまにこそ、ご迷惑をおかけしてしまいませんか」


このひとは呪われ令嬢を知らなくても、このひと以外のだれもが知っている。ほんとうは、一緒にいたら迷惑をかけるのは、わたくしのほう。


ルークさまは少し目を見開いて、ゆっくり緩めた。


「……私にも、外聞もなにもありませんので」

「それは幸運ですわ。では参りましょう」


さっさと馬車を待たせているほうに向かうと、追いかけてきて隣に並びながら、ルークさまが笑った。


静かな瞬き。


「あなたは不思議な方ですね、アンジー」


あら、と思わず笑いがもれる。


「あなたさまはおかしな方ですわ、ルークさま」
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