あなたに呪いを差し上げましょう
「こちらまではどのようにいらしたんです?」


馬車がないなんて意味がわからなかった。


がたんがたんとふたりで揺られながら、うつくしい顔をなんとはなしに見つめる。


馬や徒歩で来られるほど公爵家の領地は狭くない。

悪路というほどでもないけれど、端の端とはいえ公爵領にいるわたくしがガタガタ揺られること片道三十分はかかるのだから、領外の方ならもっとかかるはず。


「馬車で参りましたが、一度帰してしまったものですから」


なるほど。馬車はあるのね。


女性はまず馬車を帰さないけれど、男性には、迎えの時間を言っておいて一度帰すひともいる。


馬車でひしめき合うところに長時間待たせると、馬も御者も疲れてしまう。


一応御者と馬を労わるという建前があるので、馬車を帰しても公爵家を非難したことにはならない。

公爵家としても、万が一管理不行き届きでなにか起こす可能性がひとつ減る。大歓迎である。


「公爵家からご自宅までは足がおありですのね。お帰りの際は公爵家までお送りすればよろしいですか?」

「はい。お手数をおかけいたします」

「いえ、一番たいへんなのは御者と馬ですもの。わたくしはなにも」


ものすごく神妙な顔つきになっていたルークさまに、少しおどけてみせた。


「それよりわたくし、ひとりで退屈していたのです」


意識してにっこり笑いかける。ヴェールで見えなくても、声の調子で伝わるはず。


「もしよろしければ、話し相手になってくださいませんか」


ルークさまはやわらかく噴き出した。うつくしい翠が丸い弧を描く。


どのみち面倒ごとから逃げられないのなら、少しでも利があるほうがいいもの。欲しいのは話し相手だと宣言して正解だったらしいわ。


「ええ。私でよろしければ、お相手いたしましょう」

「まあ。ほんとうに……!」

「はい、ほんとうに」

「ありがとう存じます、嬉しいですわ」


ルークさまはにっこり笑って返事に代えた。
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