あなたに呪いを差し上げましょう
ほとりと落ちた沈黙を遮って、控えめに扉を叩く音がする。


「使いが来たのでしょう。見て参ります」


かんぬきを外してちいさく扉を開けると、「お時間です」とひそめた声が宴の終わりを告げた。


「そう、ありがとう。お客さまを呼ぶわね」


振り返ると、聞こえていたのか立ち上がりかけたルークさまが、律儀に食器を持とうとしていた。食器を下げるくらいの擬態はするつもりらしい。


「どうぞそのままで。片づけはわたくしがいたします」

「お邪魔したのは私なのですから」

「あら、お招きしたのはわたくしですわ。お早くご準備を。間に合わなければ怪しまれます」


言い募ってルークさまの手からティーカップを両手ですくい去り、部屋の隅のキッチンに運んでいると、遠くから声がかかった。


「アンジー、明日もこちらにお邪魔してもよろしいですか」

「ええ、もちろん構いませんけれど……道をご存じないでしょう?」

「帰りに覚えて帰ります」


行きはふたりで、しかもわたくしが人目につくのを嫌がるので、まったくもって外を眺めなかった。わたくしには見慣れた景色なこともある。


でも、はじめてお招きした方が一緒だったのだから、暗くてわかりにくいとはいえ、少しは外を見る時間もつくればよかったわね。領内で大きな危険もないのだし。

こういうところが社交に向いていないのだわ。


「覚えて帰るだなんて、こんな暗がりですのに」

「仕事柄、多少は夜目が利きます。道を覚えるのも得意ですから、どうぞご心配なく」

「わたくしは心配などしておりません」

「それは寂しい。是非してください」


答える代わりに「お茶くらいしかお出しできませんが、よろしいですか」と言うと、穏やかな目がいっそうやわらかくなった。


「ええ。私は甘味をいただきにではなく、あなたにお会いしに参りますので」


なんともまあ手慣れた受け答えである。


なにが気に入られたのかわからないけれど、久しぶりにだれかと一緒に過ごす時間の甘やかさは、面倒ごとの気配をかき消すには充分だった。
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