あなたに呪いを差し上げましょう
「かしこまりました、明日も是非おいでください」


口から了承が滑り落ちる。


「ありがとうございます」


追い打ちで嬉しそうににっこり笑われて、やっぱりだめですと断れるひとはいないでしょう。


こちらに合わせて選ばれたらしい話の合間に、幾度かアンジーと名前を呼ばれた。それだけだった。


それだけをわたくしはいつも望んでいたのだわ、と思い知らされるには、一晩で充分だった。


呪われ令嬢を知らない、うつくしい、ひと。


アンジーでもアンジェリカでも、あなたでも、呪われ令嬢以外の言葉で呼んでもらえるなら、話題はなんでも構わなかった。わたくしがわたくしであることを、否定されないだけでよかった。


居心地がいい。話がしやすい。ヴェールごしに目を合わせてもいやがられない。


目を見て、たまに笑いながら話ができる。名前を呼んでもらえる。


普通のひとって、なんてお話しやすい状況なんでしょう。

わたくしはずっと、息をするのさえ怯えていたのに。


たぶん、こういう気持ちを、名残惜しいと言うのね。


「申し訳ない、すっかり遅くなってしまいましたね」

「いえ、楽しい時間をありがとうございました」

「こちらこそ楽しかったです。ありがとうございました」


ふと窓の向こうを眺めたルークさまが、ゆっくり目を細めた。


「今夜は月がきれいだ。普段も月が出るまで起きていらっしゃいますか?」

「ええ」

「では、明日もこのくらいの時間にお邪魔します」

「はい、お待ちしております。お忙しいでしょうから、どうぞご無理なさらないでくださいませ」

「ありがとうございます。あなたも、どうぞご無理なさいませんよう。必ずうかがうつもりではおりますが、もし来られなかったときは、どうぞ夜が更ける前におやすみください」

「はい」


ざっくりした約束を結び、お待たせしてごめんなさいね、と御者を呼び寄せる。

御者は馬車を入り口付近に寄せて、空を見上げて待っていた。
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