あなたに呪いを差し上げましょう
大事なお客さまですから、くれぐれもよろしくお願いします、と御者に銀貨を数枚握らせようとすると、無理を言ってお邪魔したのですから、とルークさまに代わられた。


「私はあなたと、いいお付き合いがしたいのです。借りられません」


……それは。いいお付き合いをしたいと望まれていることを喜ぶべきか、悲しむべきか、判断に迷うところだわ。


「今日はほんとうにありがとうございました、おかげさまで助かりました」

「いいえ。どうぞ、お体を冷やされませんよう。よい夜を」

「あなたにも、よい夜とやさしい夢が訪れますよう」


微笑んで、夢のようにうつくしいひとは、夜に紛れて去っていった。


馬車が見えなくなるまで窓から見送ってから、のそのそカップを洗う。

自分以外のだれかがいた余韻が消えてしまうのはもったいないような気がして、なかなか手が進まなかった。


手慣れたひとだった。

穏やかで聡いひとだった。


ふたりきりのとき以外はけしてわたくしの名前を呼ばない、配慮のできるひとだった。


すべてを片づけ終わり、寝台にもぐり込む。


……ルークさまは、ほんとうに明日もいらっしゃるのかしら。


手持ちのお菓子は多くない。明日のお菓子も質素なものになってしまうのは決まっているけれど、せめて今日お出ししていないものにしなくては。


お茶は同じにして、夜の涼しい風が入るように、窓はいくらか開けたほうがいいかしら。

それとも夜風はおいやかしら。

そうだ、小道をもう少し整備しないと歩きにくいのではないかしら……。


はじめはたいへんな面倒を引き受けてしまったと思ったけれど、いまは明日が待ち遠しくて仕方がない。


『あなたにも、よい夜とやさしい夢が訪れますよう』


よい夜。


もうすでによい夜だわ。やさしい夢もきっと訪れるでしょう。


こんな夜は、記憶の底をさらっても思い出せないほど、ずっとずっと久しぶりのことだった。
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