あなたに呪いを差し上げましょう
「やはりみな王国の歴史を知りたいのでしょう、神話をまとめたものは定番ですわ。冒険譚や恋愛のお話もいくつか。他国の文化を紹介するものは商人などに好まれるそうで、まれに依頼があります。恋の(うた)は若い方に人気だそうです。わたくしは物語の依頼をよくお受けしていますので、詳しいことは存じませんけれど」

「アンジーは物語がお好きでいらっしゃる?」

「ええ。遠出をしなくても楽しく過ごせますもの。ルークさまはお好きな本はおありですか?」

「そうですね、貴族名鑑が好きです」


さらっと言われて固まった。


きぞくめいかん。趣味が特殊すぎないかしら、このひと。


「それは、今代の貴人のお名前がずらっと載っている、あの……?」

「ええ、その。面白い名前を見かけると、ついつい覚えたくなってしまうんですよ。噛まずに言えたときは嬉しいですし」

「……貴族向きのご趣味ですね」

「自分でもとても向いていると思いますよ。地方の方にお会いするとき、私の名前を覚えていらっしゃるのですか、とよく驚かれます」


そうなのですね、となんとか相槌を打った。


貴族なのはわかるだろうということなのかしら。


ルークさまの格好には、今日も身分を示す記号がない。


せっかく身分のわかりそうなものをすべて外した服装をしているのに、自分で言ってしまってもいいのかしら……。


この話を続けたらいつかわたくしの家名も出てきてしまいそうで、別の話題を探す。


「お好きな色はありますか」

「色、ですか」

「ええ」


普段話さない弊害かしら、手持ちの話題が少なすぎて、とっさにこれしか思いつかなかった。

あまりに話題を変えたくて思いついたとおりに言ってみたものの、これも危ない話題かもしれないわ。


「私は青が好きです」


微笑んで弧を描く瞳は、うつくしい空色をしている。
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